大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6681号 判決 1969年10月31日
昭和四二年(ワ)第六六八一号事件原告 板倉政次
昭和四二年(ワ)第六六八一号事件原告兼昭和四三年(ワ)第五九四号反訴事件被告 マーベルト株式会社 外一名
昭和四二年(ワ)第六六八一号事件被告 ハイベルト株式会社
昭和四二年(ワ)第六六八一号事件被告兼昭和四三年(ワ)第五九四号反訴事件原告 片岡道雄
主文
原告マーベルト株式会社および同株式会社曽和商会が、別紙(二)、(三)(物件目録(一)、(二)および各添付図面)に記載の腰裏(ズボンの滑り止め具)を製造し、販売し、または販売のために展示する行為について、被告片岡道雄が、登録第五一二、一八七号実用新案権に基づく差止請求権を有しないことを、原告ら三名と被告片岡道雄との間において確認する。
被告片岡道雄は、原告マーベルト株式会社および同株式会社曽和商会が製造販売する前項掲記の腰裏が登録第五一二、一八七号実用新案権を侵害するものである旨を陳述し、または流布してはならない。
被告片岡道雄は、別紙(四)表示の者に対し、別紙(五)の記載のある文書を送付せよ。
原告らの被告ハイベルト株式会社に対する請求を棄却する。
反訴原告の請求を棄却する。
本訴の訴訟費用中、原告らと被告片岡道雄との間に生じたものは同被告の、原告らと被告ハイベルト株式会社との間に生じたものは原告らの、各負担とし、反訴の訴訟費用は反訴原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告ら(反訴被告ら)訴訟代理人は、本訴について、主文第一項ないし第三項同旨のほか、「被告ハイベルト株式会社は、主文第一項掲記の腰裏が登録第五一二、一八七号実用新案権を侵害するものである旨を陳述し、または流布してはならない。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、反訴について、主文第五項同旨のほか、「訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求めた。
二、被告ら(反訴原告)訴訟代理人は、本訴について、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、反訴について、「反訴被告らは、主文第一項掲記の腰裏を製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のために展示してはならない。訴訟費用は反訴被告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、原告ら陳述の本訴の請求原因
一、原告マーベルト株式会社および同株式会社曽和商会(以下、原告両会社という。)は、別紙(二)、(三)(物件目録(一)、(二)および各添付図面)に記載の各腰裏(以下、別紙(二)に記載の腰裏を(イ)号と、別紙(三)に記載の腰裏を(ロ)号と、いう。)の製造販売をして現在に至つている。
二、被告片岡道雄(以下被告片岡という。)は、登録第五一二、一八七号実用新案権(以下、本件実用新案権という。)の実用新案権者であり、被告ハイベルト株式会社(以下、被告会社という。)は、被告片岡を代表者とし、腰裏の製造販売を業とする会社であるところ、右両被告は、原告両会社の製造販売する(イ)号および(ロ)号が、本件実用新案権の権利範囲に属すると主張し、昭和四二年二月末頃以降、原告株式会社曽和商会に対し、(イ)号および(ロ)号の製造販売の中止方を要求するとともに、原告両会社の取引先である訴外清川株式会社および同株式会社ヴアンヂヤケツトに対しても、口頭や書面をもつて、(イ)号および(ロ)号は本件実用新案権の侵害品であるから、その販売を中止されたく、これに応じない場合には、右訴外会社らの取引先であるデパートや小売店に対しても相当の処置を講ずる用意があるなどの通告をした。
三、しかしながら、(イ)および(ロ)号は、次に述べるとおり、何ら本件実用新案権を侵害するものでなく、被告らは原告両会社に対し、(イ)号および(ロ)号の製造販売等の差止請求権を有しないのである。
(一) 本件実用新案権は、昭和三三年四月四日出願(実願昭三三―一七一一〇)にかかり、同三四年一一月二八日公告(公告番号昭三四―一九四三八)、同三五年二月二四日査定を経て、同年四月二八日登録されたものであり、その登録請求の範囲は、別紙(一)(本件実用新案公報)の該当欄に記載のとおり、「図面に示すように、表面に多数の糸ゴム条aを長手方向へ並べ添わし、之を各別にそれぞれ緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布1の上下両側縁に添布2、2の縁部を縫合連接し、更に上方添布2の折返縁3の縁端に、やや硬質の保護布4の上側縁を重ねて共に帯布1の上縁部に縫着せしめ、この保護布を帯布1の裏面に重合してなるズボンの滑り止め具の構造。」である。
(二) 右登録請求の範囲に記載の構造のうち、「滑り止め帯布1の両側縁に添布2、2の縁部を縫合連接し、更に上方添布2の折返縁3の縁端に、保護布4の上側縁を重ねて共に帯布1の上縁部に縫着せしめ、この保護布4を帯布1の裏面に重合した」構造は、本件実用新案出願当時、既に公知であつた。
すなわち、訴外清水徳太郎は、昭和三二年、右構造と同一の、「滑止具主体3の両側縁3′、3′にバイヤス布より成る取付用布片4、5の各一側縁を重合してゴム糸条6によりそれぞれ縫着し、一方の取付用布片4の他側端には芯体7の一側縁を重合して、前記ゴム糸条6により相共に一体に縫着……して成る被服滑止具の構造。」を考案し、同年三月一八日、これが実用新案登録出願をなすとともに、同人が代表者である訴外清水惣株式会社をして、その頃から、右構造を有する滑り止め具を製造販売させた。
また、訴外島田徳三郎は、昭和三一年、前記構造とほぼ同一の、「スポンジ質プラスチツク体1の上縁及び下縁に夫々細帯状縫着用布体2及び3を縫着し、スポンジ質プラスチツク体1の裏面に裏布地4を縫着した」ズボン摺り下り防止帯を考案し、同年一〇月三日、これが実用新案登録出願をなすとともに、同人が代表者である訴外富士島産業株式会社をして、翌昭和三二年五月頃から、右構造を有するズボン摺り下り防止帯を製造販売させた。
(三) 次に、前記登録請求の範囲のうち、「表面に多数の糸ゴム条aを並べ添わし、之を各別にそれぞれ緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布」についてみるに、昭和三年実用新案出願公告第一四三〇四号の公報によつて、「経糸(a)と引揃えて適当の間隔に織込みたるゴム糸(b)を相並べて一面に膨出せしめ、織面(a)に隆起する止条(g)を形成せしめたる辷止帯の構造」が、本件実用新案出願前、既に公知であつた。
本件実用新案の前記構造と、右公知の辷止帯の構造とを対比すると、前者は、平織厚地の帯布上にゴム糸条を並べ添わし、これを各別に緯糸をもつて押止させたものであるから、ゴム糸条は帯布の表面上にのみ現われ、帯布の裏面には現出しない(このことは本件実用新案公報の図面第三図から明らかである。)のに対し、後者は、ゴム糸を経糸と引き揃えて帯布に織り込んであるため、ゴム糸が帯布の表面のみならず裏面にも現出する点において差異があるにすぎない。
(四) また、ズボンのウエストラインのくずれを防止するため、その部分の裏側に腰芯を縫着することは古来より慣用の技術であり、この腰芯を、縫着の便宜上、滑り止め具に予め取り付け、これをセツトとして製造販売することも以前から行われていた。本件実用新案における保護布もこれと同種のものであり、従つて、本件実用新案公報中の右保護布の効果に関する記載は妥当でない。
(五) 本件実用新案の登録請求の範囲の記載中、「表面に多数の糸ゴム条(a)を長手方向へ並べ添わし、之を各別にそれぞれ緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布」の部分は、その文言自体および本件実用新案公報の図面第二、三図等に照らすと、本件考案にかかる腰裏の帯布部分が平織厚地の生地表面に多数の糸ゴム条を長手方向、平行直線状に並べ添わし、これを各別にそれぞれ平織地組織の緯糸(「緯糸」という以上、地組織の緯糸に限られる。)で押止せしめた構造を有するものであることを示すものと解すべきである。
そして、右登録請求範囲の記載に前記の各公知技術をしんしやくして考えると、本件実用新案は、帯布の右具体的構造においてわずかに新規性を有するにすぎないものであり、帯布が右具体的構造を有することが、本件実用新案の必須要件の一をなすものというべきである。
(六) ところが、(イ)号および(ロ)号の帯布の部分は、原告板倉の有する登録第七四七、一六五号実用新案権の実施にかかるものであつて、糸ゴム条は経糸として帯布中に紗織(変化紗織)の方法で織り込まれており、本件実用新案におけるような、平織厚地の生地表面に糸ゴム条を長手方向、平行直線状に並べ添わし、これを緯糸によつて押止せしめた、いわゆる経二重構造とは、その構造を異にする。
しかも、右両者の帯布部分の構造の相違は、その効果において格段の優劣を生ずる。すなわち、本件実用新案の帯布においては、糸ゴム条の表面に現われている部分が極めて長大であるため、切れやすく、外観も悪い欠点があつたが、(イ)号および(ロ)号の帯布においては、糸ゴム条は、それと隣接する経糸と緯糸とによつて紗組織を構成したから、糸ゴム条は、小さな波形に屈曲し、外観は組織糸の露出をも伴つて柔らかな感じとなり、従つて、糸ゴム条が露骨に現われることがないため、摩擦によつて切れやすい憂いも、縮みやすい憂いもなく、また、組織が紗織で、組織中に弾性糸ゴム条を使つてあるため、糸ゴム条が経糸と緯糸とに交互に重複することとなり、重複部分全体が立体的となつて大きな隆起凸条部を形成し、滑止用ベルトとして従来品に比し一段とすぐれた品質のものが得られるのである。
従つて、(イ)号および(ロ)号は、本件実用新案権の必須要件を欠き、その技術範囲に属さないものといわなければならない。
四、原告両会社は、被告片岡が、前記のとおり、訴外清川株式会社および同株式会社ヴアンヂヤケツトに対し、(イ)号および(ロ)号が本件実用新案権を侵害するものである旨を通告警告したことにより、右会社らに対する営業上の信用を害せられた。
五、以上の事実に基づき、原告ら((一)については原告ら三名、(二)、(三)については原告両会社)は、被告らに対し、次の各項の請求をする。
(一) 原告両会社が(イ)号および(ロ)号を製造し、販売し、または販売のために展示する行為について、被告片岡が、本件実用新案権に基づく差止請求権を有しないことを、原告ら三名と被告片岡との間において確認すること。
(二) 被告らにおいて、原告両会社の製造販売にかかる(イ)号および(ロ)号が本件実用新案権を侵害するものであるとの事実を陳述し流布する行為を差し止めること。
(三) 被告片岡の前記通知警告により侵害せられた原告両会社の営業上の信用の回復措置として、被告片岡が別紙(四)表示の者に対し、別紙(五)表示の書面を送付すること。
第三、被告ら陳述の本訴の答弁
一、(一) 請求原因一の事実は認める。
(二) 請求原因二の事実中、被告片岡が本件実用新案権者であること、被告ハイベルト株式会社が原告ら主張のとおりの会社であること、被告片岡が、(ロ)号が本件実用新案権を侵害するものであるとして、原告ら主張の通告等をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告らにおいて、(イ)号が本件実用新案権を侵害するものであると主張したことはない。従つて、(イ)号については、確認の利益がなく、原告らの請求は失当である。
(三) 請求原因三の主張に対し、(イ)号が本件実用新案権の権利範囲に属さないことは認めるが、(ロ)号が右権利範囲に属さないとの主張は争う。
(四) 請求原因四の事実は争う。
二、(ロ)号は次に述べるとおり、本件実用新案権の技術範囲に属する。
(一) 本件実用新案登録の経過および登録請求の範囲は、いずれも原告ら主張のとおりである。
(二) 右登録請求の範囲中、「表面に多数の糸ゴム条aを長手方向へ並べ添わし、之を各別に緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布」との記載部分は、表面に多数の糸ゴム条を長手方向に並べ添わし、各別にそれぞれ緯糸(帯布の地糸であつても、別の止着用糸であつてもよい。)で押し止めた構造を有し、しかも生地全体が平織厚地である帯布、すなわち糸ゴム条を止め着けた平織厚地の帯布一般を指すものであり、その構造について、原告ら主張のように、糸ゴム条が直線的配列に限るとか、経二重組織に限るというような限定を付したものではない。
本件実用新案出願当時、滑り止め具として、(1)糸ゴム条を止め着けた帯布からなるもの、(2)、帯状ゴム板、合成樹脂素材からなるものおよび(3)、織布面によるものの三種類が公知であつたが、右三種のものは、滑り止めの機能を有する点においては共通するけれども、その素材の性質、性能が相違していたため、それぞれ異つた物品として扱われ、それらに関する技術は、三者独立して発達して来たのである。
本件実用新案は、登録請求範囲の右記載から明らかなとおり、右三者のうち、糸ゴム条を止め着けた帯布を素材とする滑り止め具に関する考案であつて、これをズボンに直接縫着する際の困難さを除き、かつ厚地帯布によるズボンの摩損を防ぐために、右帯布の両側縁に縫着用の添布を縫合連接し、帯布の裏側に保護布を重合するという具体的構造を案出したものであり、このように、帯布、添布、保護布の三要素を組み合わせた点において、従来存在しなかつた全く新しい技術思想が存するのである。
従つて、本件実用新案は、(1)、滑り止め具主体として、糸ゴム条を止め着けた平織厚地の帯布を用い、(2)、帯布の上下両側縁に添布の縁部を縫合連接し、(3)、上方添布の折返縁の縁端にやや硬質の保護布の上側縁を重ねて共に帯布の上縁に縫着せしめ、この保護布を帯布の裏面に重合した構造の滑り止め具をその要旨とするものであり、その結果として、(1)、縫着困難な厚地帯布を直接ズボンに縫い付ける難作業を要せず、(2)、厚地帯布のためにズボンが摩損する憂いがないという作用効果を有するものである。
(三) (ロ)号は、次のとおり、本件実用新案の前記構造をすべて備えており、本件実用新案と全く同様の作用効果を有する。
(1) (ロ)号の滑り止め具主体は、全体として平織厚地の帯布であつて、これにゴム糸条を長手方向に止め着けた構造になつているから、本件実用新案の帯布の構造と一致する。もつとも、(ロ)号は、糸ゴム条を帯布に止着するにあたり、緯糸のほかに経糸をも用い、これらと糸ゴム条とによる変化織の方法を用いているが、本件実用新案は、前記のとおり、糸ゴム条と緯糸との編成の状態または結果について何の限定も加えていないから、経糸の使用は単なる一要素の付加にすぎず、糸ゴム条の止着に緯糸を使用している限りは、本件実用新案の技術範囲に属するものといわねばならない。
なお、仮りに、(ロ)号の滑り止め具主体と本件実用新案の帯布との間に、構造上多少の差異があるとしても、(ロ)号が、帯布、テープ(添付)、芯地(保護布)の三要素を結合した構造である以上、本件実用新案権の技術範囲を逸脱するものとはいえない。
(2) (ロ)号において、帯布の上下両側縁にテープ(添布)の縁部が縫合連接され、右テープを帯布と縫合連接する際、帯布とテープの裏面に一枚の芯地(保護布)をあてて共に縫合してある構造は、本件実用新案の前記(2)、(3)の構造と全く一致する。
(3) (ロ)号は、右構造を有する結果、本件実用新案と全く同一の作用効果を有する。
従つて、(ロ)号は、本件実用新案権の技術範囲に属するものというべきである。
(四) 本件実用新案出願時に、原告ら主張のような、添布(取付用布片、縫着用布体)と保護布(芯体、裏布地)を縫着した滑り止め具が公知であつたことは否認する。
仮りに、右のような滑り止め具が公知であつたとしても、右滑り止め具は、本件実用新案の先行技術として考慮すべきものではない。すなわち、滑り止め具としては、前記のとおり、(1)糸ゴム条を止め着けた帯布からなるもの、(2)、帯状ゴム板、合成樹脂材からなるものおよび(3)、織布面によるものの三者があり、それぞれ異つた物品として扱われて来たものであるところ、原告ら主張の滑り止め具は、右のうち、(2)の滑り止め具について、これをズボン等に縫着する際、ゴム板、合成樹脂材等の主体部が容易に伸縮し、かつ、縫着部が破断し易いため、その保型と破断防止とをはかることを課題として考案されたものであるから、右(1)の滑り止め具について、縫着を容易にし、ズボンの摩損を防ぐことを課題として考案された本件実用新案とは、その考案の対象および課題を全く異にするものである。
従つて、右公知技術を理由として、本件実用新案権の技術範囲を限定的に解釈しようとする原告らの主張は失当である。
三、よつて、原告らの請求は、いずれも理由がない。
第四、反訴の請求原因
一、反訴原告が、本件実用新案権の実用新案権者であること、反訴被告らが、(ロ)号を製造販売していること、(ロ)号が本件実用新案権の技術範囲に属することは、いずれも前記のとおりである。
二、よつて、本件実用新案権に基づき、反訴被告らに対し、右侵害行為の差止を求める。
第五、反訴の答弁
一、反訴原告が、本件実用新案権者であること、反訴被告らが、(ロ)号を製造販売していることは認めるが、(ロ)号が本件実用新案権の技術範囲に属することは否認する。
二、よつて、本件反訴請求は失当である。
第六、証拠関係<省略>
理由
第一、本訴について、
一、原告両会社が、(イ)号および(ロ)号を製造販売していること、被告片岡が、原告ら主張の経過によつて登録された本件実用新案権の実用新案権者であること、被告片岡が、(ロ)号が本件実用新案権の技術範囲に属する旨を主張し、原告株式会社曽和商会にその製造販売の中止方を要求するとともに、原告両会社の取引先である訴外清川株式会社および訴外株式会社ヴアンヂヤケツトに対しても、その販売の中止方を求める通告をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
被告片岡は、(イ)号が本件実用新案権の技術範囲に属する旨の主張をしたことがないというけれども、いずれも成立に争いのない甲第一九号証、甲第二七号証および原告両会社代表者兼原告本人板倉政次尋問の結果によれば、被告片岡は、(イ)号についても、これが本件実用新案権を侵害するものである旨を主張していたことを認めることができる。
なお、原告らは、被告片岡のみならず、被告ハイベルト株会式社も、(イ)号および(ロ)号が本件実用新案権を侵害する旨、主張、通告したというけれども、同被告会社が右のような主張等をしたことを認め得る証拠はない。(成立に争いのない甲第二〇号証の一によれば、同被告会社の社印の押捺のある同会社用箋による通告書が訴外株式会社ヴアンヂヤケツトに送付された事実が認められるが、右用箋は、被告片岡が、たまたまその私用のために流用したものと解されるふしがあり――右書面には、カタオカとの記名がなされている。――右証拠のみをもつて、原告らの右主張事実を認めることはできない。)
二、原告らは、(イ)号、(ロ)号の滑り止め具は本件実用新案の技術範囲に属しないから、その製造販売の行為はなんら被告の本件実用新案権を侵害するものではないと主張するので考察する。
(一)、本件実用新案の登録請求の範囲に、「図面に示すように、表面に多数の糸ゴム条aを長手方向へ並べ添わし、之を各別にそれぞれ緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布1の上下両側縁に添布2、2の縁部を縫合連接し、更に上方添布2の折返縁3の端縁に、やや硬質の保護布4の上側縁を重ねて共に帯布1の上縁部に縫着せしめ、この保護布4を帯布1の裏面に重合してなるズボンの滑り止め具の構造。」との記載があることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の二(本件実用新案公報)によれば、本件実用新案公報の第一図には、帯布1の表面に多数の糸ゴム条が長手方向、平行直線状に並べ添わされ、該糸ゴム条が各別に緯糸をもつて帯布に押止させられた状態が図示されており、同第三図には、右糸ゴム条が帯布の表面に載置され、帯布の裏面には現われていない状態が図示されていることが認められる。
右図面に、本件実用新案登録請求の範囲の文言自体を考えあわせると、右登録請求範囲の記載中、「表面に多数の糸ゴム条aを長手方向へ並べ添わし、之を各別にそれぞれ緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布」の部分は、平織厚地の帯布上に、糸ゴム条を、長手方向に並べ添わして載置したうえ、これを右帯布の地糸である緯糸をもつて各別に押止させた滑り止め帯布を指すものと解せられる。
そして、右構造から、帯布の表面に並べ添わされた糸ゴム条は、ほぼその全長において、表面に隆起し、しかも、平織厚地の帯布によつて、ワイシヤツ等に強く圧接されるので、糸ゴム条を帯布に織り込んだ構造の滑り止め具に比して、より強力な滑り止め効果を生ずることは自明の理であり、当業者の常識から容易にこれを知りうるところと認められ、また右帯布の上下両側縁に添布を連接したことにより、これをズボンの上縁部裏面に取り付けるにあたり、取り付けが容易であり縫着困難な厚地帯布を直接ズボンに縫い付ける難作業を要せず、添布の折返縁の縁端にやゝ硬質の保護布を連接し、之を帯布の裏面に重合せしめたことにより、厚地帯布のためにズボンが摩損する憂いがないとの各作用効果が発揮されることは、本件実用新案公報の実用新案の説明の項にその旨の記載があることによつてこれを認めることができる。
(二)、いずれも成立に争いのない甲第七、八号証、甲第九号証の一、二、五、六、証人沢田菊一の証言により訴外中田庄株式会社が昭和三二年四、五月頃作成した商品見本と認める検甲第四号証に、証人沢田菊一、同新村作治の各証言と原告両会社代表者兼原告本人板倉政次尋問の結果を総合すると、訴外島田徳三郎は、昭和三一年一〇月頃、「スポンジ質プラスチツク体1の上縁及び下縁に夫々細帯状縫着用布体2及び3を縫着し、スポンジ質プラスチツク体1の裏面に裏布地4を縫着した」ズボン摺り下り防止帯を考案し、同月三日、これが実用新案登録出願をなすとともに、同人が代表者である訴外富士島産業株式会社をして、本件実用新案出願前である昭和三二年五月頃から、右構造を有するズボン摺り下り防止帯を製造させ、同会社の取引先である訴外中田庄株式会社らを通じて、一般に販売させた事実が認められる。
右の事実によれば、本件実用新案出願前に、合成樹脂素材からなる滑り止め具について、ズボンに対する縫着を容易にするためその上下両側縁に縫着用布片を取り付けることや、ズボンと滑り止め具が直接接触することを避けるため滑り止め具裏面に裏布地を重合することは公知の技術となつていたものというべく、また、右公知技術を、糸ゴム条を止め着けた帯布からなる滑り止め具に応用し、このような滑り止め具に、縫着用布片および裏布地にあたるものを縫着重合することは、当業者にとつて、格別の考案力を要しないものと推認される。
被告は合成樹脂素材の滑り止め具と、糸ゴム条を止め着けた厚地帯布の滑り止め具とは、その素材の性質、性能が異るところから、それぞれ各別に発達して来たのであつて、前者の滑り止め具を主体とし、その両側に添布を取り付け、主体の裏面に布地を重合する技術は、合成樹脂の主体部が容易に伸縮し、かつ縫着部が破断し易いため、右主体の保型と破断防止とをはかることを課題として考案せられたものであり、後者のゴム条を止め着けた厚地帯布の滑り止めを主体となし、その両側に添布を取り付け、主体裏面に布地を重合する技術は右帯布をズボンの裏面に縫着することを容易にし、厚地の帯布主体とズボンとの摩擦を防ぐことを課題として考案せられたものであり、両者は考案の対象および課題を異にするものであるから、前者に関する右技術は後者の系統に属する本件実用新案の先行技術としては、しんしやくすべきでないと主張する。
しかし、合成樹脂素材からなる滑り止め具と、糸ゴム条を止め着けた厚地帯布からなる滑り止め具とはその素材の性質、性能が異るところから、種類を異にしそれぞれ各別に改良発達して来たとしても、両者は均しくズボンの上縁部裏面に取りつけて使用するものであり、同一技術分野に属するものというべく、合成樹脂の滑り止め具を主体としその両側に布地を取りつけ、その主体裏面に布地を重合する技術が、合成樹脂からなる主体の保型、破断防止を課題として考案せられたものであることは容易に推認することができるけれども、右滑り止め具はこれをズボンの上縁部裏面に縫着して使用するものであることは当初から予定しているところということができるから、右考案の滑り止め具を実施するときは、併せてズボンに対する縫着を容易にし、滑り止め具主体とズボンとの摩擦を緩和するとの作用効果をも有するものであることは、当業者の常識から容易に知りうべきところであると解されるので、右技術を、厚地帯布を主体とする滑り止め具である本件実用新案の先行技術としてしんしやくすることは、なんら支障はない。
(三)、以上の事実によると、本件実用新案の考案は、平織厚地の帯布上に、糸ゴム条を、長手方向に並べ添わして載置した(経二重構造となる)うえ、これを右帯布の地糸である緯糸をもつて各別に押止させるという主体の性質とこれに対する、糸ゴム条の取付け方をも特定した滑り止め帯布に対し、登録請求の範囲に記載のとおり、添布ならびに保護布を取りつけてなるズボンの滑り止め具の構造にあると認めるべきであり、そのうち主体に関する部分、あるいは、添布、保護布に関する部分のみを取り上げ、これを本件考案の主要部であるとするのは相当でない。
被告は、本件実用新案におけるズボンの滑り止め具の主体は、糸ゴム条を帯布に取りつけるにあたり平行直線状たると、また経二重組織(ゴム条が帯布の裏面に出ない)たると、はた亦取りつけ糸が帯布の地糸たると別の糸たるとを問わず、長手方向に並べ添わしこれを緯糸で押止せしめた帯布であれば足り、図面の表示は一実施例に過ぎない旨主張する。
しかし、本件実用新案は、型を重視した旧法時における出願にかかり、被告提出にかかる乙第五号証の一ないし五、同第六号証の一ないし一六、同第七号証の一ないし八等により認めうるように、非常に豊富に滑り止め具に関する実用新案が登録されている技術分野に属し、滑り止め具主体になにを用い、滑り止めの作用効果を発揮する部分をどのような構造にするかは単に滑り止めの目的を果たすかどうかというだけではなく、その構造より生ずる滑り止め作用が強すぎて、ゴム糸条の突起が肌に喰い込むような不快がないかどうか、滑り止め具のクツシヨン性あるいは感触の良否、使用時またはクリーニングの際摩擦によつて切れ易いかどうか等の作用効果など、使用中に生ずることあるべき諸般の事情をも考慮してなすべき重要なる解決事項であると解すべく、本件実用新案における登録請求の範囲の記載の意味を前記のとおり解釈すべきことは前叙のとおりであるから、右認定に反する被告の主張は採用することができない。
したがつて、平織厚地の帯布にゴム糸を取りつけたものはその取りつけ方のいかんを問わず、右帯布の両側に添布を取りつけ、帯布裏面に保護布を重合したもののすべてに本件実用新案権の効力が及ぶと解することはできない。
(四)、ところで、(イ)号および(ロ)号の構造をみると、両者の滑り止め具主体は、糸ゴム条を経糸として、帯布に変化紗織の方法で織り込んだものであり、糸ゴム条は帯布の表面のみならず、裏面にも現われる構造となつているから、糸ゴム条を帯布表面に長手方向に載置し、これを緯糸で押止させることを要件とする本件実用新案の帯布とは、その構造を異にするものといわなければならない。したがつて、(イ)号、(ロ)号の主体は、作用効果においても、本件実用新案における前記構造のものとは構造が異ることに由来する滑止作用の相異が推認せられ、これを同一であるとは認め難い。
右の事実によれば、(イ)号および(ロ)号は、本件実用新案権の技術範囲に属さないものというべく((イ)号が本件実用新案権の技術範囲に属さないことは、被告らも自認するところである。)、従つて、被告片岡は、原告両会社が(イ)号および(ロ)号を製造販売する行為を、本件実用新案権に基づいて、差し止めるべき権利を有しないものというべきである。
三、そうすると、前記認定のとおり、(イ)号について、かつて侵害の主張をし(被告片岡が、原告らおよび訴外会社らに対し、右主張を撤回した事実は認められない。)、(ロ)号について現に侵害の主張をしている被告片岡との間において、右差止請求権不存在確認を求める原告らの請求は理由がある。
もつとも、原告板倉に関しては、第三者である原告両会社に対する被告片岡の差止請求権の存否について、確認の利益を有するかどうかが問題となり得るけれども、同原告は、原告両会社の取締役(同原告が原告両会社の代表取締役であることは、同原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨により明らかである。)として、商法二六六条の三に則り、原告両会社の(イ)号および(ロ)号の製造販売行為について、被告片岡から、損害賠償責任の追求を受けるおそれがあるといえるから、その前提事実となるべき差止請求権の存否について、同被告との間で確認の利益を有するものというべきである。
四、被告片岡が、訴外清川株式会社および同株式会社ヴアンヂヤケツトに対し、(イ)号および(ロ)号は本件実用新案権を侵害するものであるからその取扱を中止されたい旨の通告をしたことは、前記のとおりである。
(イ)号および(ロ)号が本件実用新案権の技術範囲に属しないこと前記のとおりである以上、被告片岡の右通知の虚偽であることは明らかであり、また、右通告が、(イ)号および(ロ)号に関する原告両会社の営業上の信用を害するものであることも、右通告の内容自体からして明らかである。
のみならず、原告両会社代表者兼原告本人板倉政次尋問の結果により成立を認める甲第二三号証と同本人尋問の結果によれば、被告片岡の右通告により、原告両会社の営業上の信用が現実に害せられ、前記訴外両会社からの(イ)号および(ロ)号の受注について直接の悪影響を蒙つていることが認められる。
右の事実によれば、原告両会社の被告片岡に対する虚偽事実の陳述流布行為の差止および信用回復措置の各請求は理由がある。
しかし、被告ハイベルト株式会社において、(イ)号および(ロ)号が本件実用新案権を侵害する旨を陳述流布した事実が認められないことは前記のとおりであるから、原告両会社の被告ハイベルト株式会社に対する右行為の差止請求は、理由がない。
第二、反訴について
(ロ)号が本件実用新案権の技術範囲に属さないことは前記認定のとおりであるから、反訴原告の請求は、その前提を欠き、棄却を免れない。
第三、結論
よつて、原告らの被告片岡に対する各請求を認容し、原告両会社の被告ハイベルト株式会社に対する請求および反訴原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 丸山忠三)
別紙(一)
実用新案公報 昭三四―一九四三八(公告昭34・11・28)
ズボンの滑り止め具
図面の略解
第一図は本案品一部の表面図、第二図はその裏面図、第三図は第一図のA―A線拡大断面図である。
実用新案の説明
本案はズボンの上縁部裏面に縫着し、ワイシャツ等の上衣に密接して上衣のずり上り又はズボンのずり下りを防ぐ滑り止め具に関するもので、表面に多数の糸ゴム条aの長手方向へ並べ添わし、之を各別にそれぞれ緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布1の上下両側縁に添布2、2の縁部を縫合連接し、更に上方添布2の折返縁3の縁端に、やや硬質の保護布4の上側縁を重ねて共に帯布1の上縁部に縫着せしめ、この保護布4を帯布1の裏面に重合してなるズボンの滑り止め具である。
Cはそれぞれ縫合糸で、尚必要に応じ、保護布4は胴廻りに添う屈撓性を良好にするため、その経緯糸が斜め方向になるよう裁断することがある。
本案は上記のように、帯布1の上下両側縁に添布2、2を連接し、之をズボンの上縁部裏面に緩着して、帯布1を取付けるようにしたので、縫着困難な厚地帯布1を直接ズボンに縫い付ける難作業を要せず、又添布2の折返縁3の縁端にやや硬質の保護布4を連接し、之を帯布1の裏面に重合せしめたので厚地帯布1のためにズボンが摩損する憂いがなく、本案品は使用上多大の効果がある。
登録請求の範囲
図面に示すように、表面に多数の糸ゴム条aを長手方向へ並べ添わし、之を各別にそれぞれ緯糸bで押止せしめた平織厚地滑り止め帯布1の上下両側縁に添布2、2の縁部を縫合連接し、更に上方添布2の折返縁3の縁端に、やや硬質の保護布4の上側縁を重ねて共に帯布1の上縁部に縫着せしめ、この保護布4を帯布1の裏面に重合してなるズボンの滑り止め具の構造。
第1図
第2図
第3図
別紙(二)
物件目録(一)
左記構成の腰裏イ
一、一枚の帯布と二枚のテープによつて構成せられており、帯布は、生地の経糸の適当間隔ごとに各一本のゴム条1を経糸として数本配列し、右各ゴム条1とその一側に隣接する各数本の経糸2とで、各一本または数本の緯糸3とそれぞれ紗織することにより、生地自体に立体的な隆起凸条部4を形成し、その帯布生地は、右隆起凸条部分4がゴム条1を含む紗織厚地、その部分が平織厚地よりなるもので、右帯布の上下両側縁にテープの縁部が縫合連接されている腰裏
二、別紙図面の説明
第一図は腰裏イの表面図、第二図は第一図のA―A線における切断断面図、第三図は第一図帯布部分の一部組織拡大図であつて、第三図にはゴム条とともに紗織を組成する経糸と緯糸が各二本の場合を示してある。
第一図
第二図
第三図
別紙(三)
物件目録(二)
左記構成の腰裏ロ
一、一枚の帯布と二枚のテープと一枚の芯地によつて構成せられており帯布は、生地の経糸の適当間隔ごとに各一本のゴム条1を経糸として数本配列し、右各ゴム条1とその一側に隣接する各数本の経糸2とで各一本または数本の緯糸3とそれぞれ紗織することにより、生地自体に立体的な隆起凸部分4を形成し、その帯布生地は、右隆起凸条部分4がゴム条1を含む紗織厚地、その他の部分が平織厚地よりなるもので、右帯布の上下両側縁にテープの縁部が縫合連接され、右テープを帯布と縫合連接する際、帯布とテープの裏面に一枚の芯地をあてて共に縫合してある腰裏。
二、別紙図面の説明
第一図は腰裏ロの表面図、第二図は第一図のA―A線における切断断面図、第三図は第一図帯布部分の一部組織拡大図であつて、第三図には、ゴム条とともに紗織を組成する経糸と緯糸とが各二本の場合を示してある。
第一図
第二図
第三図
別紙 (四)
(1) 大阪市南区周防町一二番地
株式会社ヴアンヂヤケツト
代表者代表取締役 石津謙介
(2) 大阪市東区谷町四丁目五八番地ノ一
清川株式会社
代表者代表取締役 清川要郎
別紙 (五)
貴社が販売されている、マーベルト株式会社(代表取締役板倉政次)製造株式会社曽和商会(代表取締役板倉政次)販売の製品番号一八五形式の腰裏地が私の実用新案登録第五一二一八七号の実用新案権を侵害するものである旨先に御通知致しましたが、右物件はいずれも右実用新案権を侵害するものでなく、私の誤りであります。
ここに右通知の誤りであることを明かにすると共に、これによつて取引上種々御迷惑をお掛け申上げましたことを深くお詫び申上げる次第です。
大阪市東区内安堂寺町通一丁目六三番地
片岡道雄